『国分寺・国立70sグラフィティ』

村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック

わが家の定番となった「ピーター・キャット」村上春樹さん夫妻考案のサンドウィッチあれこれ

「ピーター・キャット」では、村上春樹さん夫妻が考案したサンドウィッチを出していた。全部で7、8種類ほどあって、昼を任された時は、仕込みが結構大変だった。そのうちのいくつかは、わが家の定番となった。私が元妻に教えたのである。息子達は最近まで、それが村上春樹さん由来のサンドウィッチとは知らずにいた。わが家の定番となったレシピを書いてみるが、いずれも完全なオリジナルではない。微妙に修正されていたりする。まあ、早い話が完全には思い出せないのである。チェルノブイリ3年後のノルウェーに行った時に被曝したせいかもしれない。
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【コッドロー・サンド】
 最初から聞き慣れないメニューだと思う。コッドローとは、タラコのこと。タラコの缶詰を使ったサンドウィッチである。デンマーク産のプレスド・コッド ローという名で四角い缶詰がある。北欧やロシア産が主。極薄い塩味がついていて、マヨネーズやバターとよく合う。これをスライスし、焼いてマヨネーズを塗ったパンに、胡瓜のスライスと一緒に挟む。対角線に切って、スライスした胡瓜のピクルスを爪楊枝に刺して、更にパンに刺す。上に取っ手のついた小さな篭目編みの竹の器にキッチンペーパーを三角に折って敷き、そこにサンドウィッチを並べて提供した。タラコの缶詰なんて珍しかったし、美味しいので人気があっ た。息子達には、マヨネーズに少しトマトケチャップを入れてサウザンアイランド風にすると喜ばれた。マヨネーズに、ニンニクペーストやブルーチーズを混ぜ込んでもいける。オニオンスライスとレタス、トマトを足しても旨い。
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【オイルサーディン・サンド】
 これも定番。おつまみでも出していたオイルサーディンを崩し、フライパンでスクランブルエッグと合わせる。少し生クリームを入れたかな。焼いたパンにバターとアンチョビーペーストを塗り、具を挟んで切る。オイルサーディンは、ノルウェーのキング・オスカーのを使っていた記憶があるのだがはっきりしない。 オイルサーディンが大好きな私は、自分で作れないか研究した。そしてオイルサーディンのレシピを作り上げた。要するに油でカタクチイワシ(ヒコイワシ)を煮ればいいのである。揚げてはいけない。ついでに、1年かかるけれどもアンチョビーの作り方も載せておこう。レシピを完成させるまでに数年かかった力作で、これは旨い。絶品である。「オッソブッコ」の隠し味にもいい。「オイルサーディンのスペイン風オムレツ」も簡単で旨い。
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【コンビーフ・サンド】
 当時は高価だったリビーのコンビーフの缶詰を使ったサンドウィッチ。普通は、ノザキの馬肉配合小さな缶詰を食べていたから、これは贅沢な感じがしたものだ。本来は、 ザウワークラウトと合わせるのだが、店では茹でキャベツの甘酢漬けを挟んでいたかな。焼いたパンにバターと粒マスタードを塗って、スライスしたコンビーフとザウワークラウトを挟む。私は発酵食品フリークなので、いつもザウワークラウトの瓶のストックがあった。発酵食品は体にいい。臭いのが璧に傷だが、それも慣れるとまた味わいとなる。世界一臭い食べ物といえば、シュールストレーミングだろう。フルーツでいえばドリアンだが、アマゾンにはムルシという雑巾を絞った臭いのする果実がある。日本のスッポンタケというキノコもグレバがかなり臭い。軸は中華料理のスープの具になる。ウォッシュタイプのチーズも相当臭い。クサヤもいいが、太平洋のものは、もう放射能汚染でだめだろう。いずれも私の大好物なんだが。食い物の恨みは恐ろしい、いずれ東電原発村は地獄に堕ちるだろう。
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 コンビーフといえば萩原健一と水谷豊の『傷だらけの天使』 のオープニング。ちょうど74年の秋から始まったドラマだが、オープニングで、なぜか水中メガネをつけたショーケンが、寝起きにコンビーフを丸かじりして 牛乳で流し込むシーンがあった。昔真似したが、これはいかん。口の中が脂でギトギトヌルヌルになって気持ち悪いことこの上ない。コンビーフは焼いた方がいい。あのドラマ、個人的にはホーン・ユキさんが好きだった。昔は巨乳などと下品な言葉は使わず「ボインちゃん」と言ったものだ。後に水谷豊の奥さんとなった元キャンディーズのランちゃんとは、昔、通勤時に桐朋学園の前で毎朝すれ違っていた。仕事柄芸能人はたくさん知っているけど、素の彼女もとっても素敵な人だった。コンビーフの巻き取り器は、昔は底についていたが、発見できず開け方が分からない人がいたらしく、横につくようになった。缶の切り口で手を切る と、ザックリ酷い怪我になるので、春樹さんと陽子さんに気をつける様に言われていた。それでも一度位は切っているね。
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【サーモン・サンド】
 やはり人気メニューだったが、これの仕込みが一番大変だったかな。鮭の缶詰をよく絞っておく。玉葱、胡瓜、キャベツをスライスして塩揉みし、しっかり水気を切る。これらを合わせて、マヨネーズ、胡椒、塩を加えてよく混ぜる。これを焼いてバターを塗ったパンに挟んで切る。わが家ではこのレシピがツナサンド に変わってしまったが、ツナサンドの方が、世間でも今ではポピュラーかもしれない。このサーモン・サンドの仕込みについては、春樹さんのプチ行方不明事件というものがあったので、いずれ書かなければならないと思っている。スモーク・サーモンを使った簡単で旨いディップがあるので紹介しておこう。「サーモン&フレッシュチーズ・ディップ」。サンドウィッチのフィリングにもなる。チーズはベクレてないものを。
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 輸入食材は、よく国立の「紀ノ国屋」に買いに行った。学生には分不相応な高級スーパーだったが、村上夫妻にグルメを教えられた私は、きつい課題が終わったり、バイトのお金が入ると行ったものだ。エッセイで春樹さんが書いている様に、レジの女の子も奇麗な人が多かったし。甘鯛のテリーヌなんて一切れ400円もしたけれど、買ってドイツの白ワイン、シュバルツカッツ(黒猫)とともに堪能したものだ。黒オリーブの缶詰や瓶詰めも大好きで、汁も飲んでしまうほどだった。村上春樹さん初め「ピーター・キャット」の皆で、確か「船問屋」の主人が、これは旨いよと紹介してくれた甲州は「サドヤ」の一升瓶の赤ワインを取り寄せたこともあった。これは「サドヤ」の人も知らないだろう。信州の塩尻のワインもおすすめである。
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 パンは、「紀ノ国屋」近くの「サンジェルマン」のものを使っていた。店ではフランスパンは使わなかったけれど、私は好きで「サンジェルマン」でよく買っ た。パンプキンパイも旨かった。フランスパンは青山の「ドンク」のが本物だよと聞いて、わざわざ買いに行ったこともある。その2年後パリで本場のものを食べて、あまりの旨さに感激した。まだパリでも石釜焼きのバゲットが普通に買えた頃だ。友人のフランス人が、そう言っているので間違いないだろう。泊まっていた安ホテルの朝食が、バゲットとバターに林檎と蜂蜜を練ったものだったが、これが異常に旨くて、毎朝一本は食べて、「そんなに美味しい?」とホテルの女将に呆れられた。カフェオーレとよく合った。
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「紀ノ国屋」では、ライ麦の粒が入った酸味のあるフォルコルンブロートが大好きでよく買っていた。これにゴルゴンゾーラとかブルーキャステロを乗せて赤ワインのつまみにすると最高である。昔、3歳位だった息子を連れて青山の「紀ノ国屋」へ行った時、彼が行方不明になった。慌てて探すとチーズ売り場で試食三昧をしていた。なんでも旨いと言って食べるので、試食のおばさんが面白がって、これもあれもと食べさせたらしい。結果、現在彼はとんでもない食いしん坊な 大学生になっている。実は、彼はとある事情でうちの冷蔵庫に最高級フレンチレストランのフォアグラのヤレが2キロあり、それを離乳食で食べていた。さもあ りなんの結果かもしれない。東京時代に、近所に天然酵母田舎パンの「ルヴァン」の工場があった。小さな息子を連れて行くと、お姉さんが必ずおまけをくれた。ここのパンは本当に旨い。柔軟剤という毒物を使っていないので、日が経つと石の様に硬くなるが、蒸すと戻る。ここのカンパーニュは最高だ。今は、信州の上田にもある。
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「ピーター・キャット」では、ソフトサラミもおつまみで出していた。これも当時としては珍しかったと思う。ソーセージは、フランスでは「ブーダン・ノワー ル」、ドイツでは「ブルート・ヴルスト」、スペインでは「モルシージャ」、イタリアでは「サングイナッチョ」、沖縄では「ちーいりちー」と呼ばれるブラッ ド・ソーセージ(血のソーセージ)が大好きで、よく買った。ブラジルでも食べたし、韓国には「スンデ」という餅米が入ったものがある。ノルウェーに行った時も食べた。血のソーセージは、古代ギリシャ時代からある。遊牧民が保存食として家畜の肉を余さず利用するために作った。ホメロスの「オデュッセイア」に は脂身と血を詰めた山羊の胃袋などといった形でこのソーセージが紹介されている。
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 意外なのは、「ピーター・キャット」に、一番似合いそうなBLTサンドがなかったということだ。BLTとは、ベーコン、レタス、トマト。サンドウィッチの中でもハムサンドとともに最も一般的なものだ。なぜなかったのか、理由は分からない。村上春樹さんに聞いて欲しい。そう思ってよくよく考えたら、店にはベーコンをカリカリに焼くガスコンロがなかった。BLTサンドの店でおすすめは、調布飛行場 の「プロペラカフェ」のものだ。滑走路から飛び立つセスナを見ながらBLTサンドを食べるのもいい。ガラス窓越しに格納庫のセスナも見える。デートに使うとよろし。子供も喜ぶ。
 実は、ベーコンも市販品のほとんどは薫製ではなく、薫液に漬けただけのもの。やはりきちんと燻煙したものが旨い。ベーコンの作り方も紹介しておこう。
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 基本、昼はひとりだが、夜はカウンターの中に二人入った。オンザロックソルティ・ドッグ、ブラッディ・メアリーなど、お酒を供する係と、サンドウィッチやナッツなどのおつまみを供する係。そしてウェイトレスとレジ。お酒とレジは春樹さんと陽子さんが担当することが多かったが、稀に二人とも用事でいないこともあった。特に昼間は、アルバイトだけでやったこともあった。暇なときは掃除をしたり、アルバムの整理をしたりしたが、悪天候の日等お客がほとんど来ない日は、退屈で仕方がないので、普段全くリクエストがない、埋もれたアルバムを聴いたりしたものだ。

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写真は、「ピーター・キャット」のを元に、その後進化を遂げたわが家のサンドウィッチ。簡単なレシピも紹介するので、気に入ったら作ってみて欲しい。
(上段)コッドローとサーモンは、アンデスのキヌアを混ぜ込んで焼いたバンズに挟んで。コッドローは少し焼いてレモン汁を振ってもいい。スモーク・サーモンでコクを出す。ケチャップとマヨネーズを合わせたオーロラソースで。
ソーセージとザワークラウトは、たっぷりの粒マスタードが決め手。緑はルッコラ
(中段)コッドローとラムは、一緒に挟むのではなく別々。ローストラムの薄切りを使うと英国風。ブルザンチーズ(アイユ)を合わせる。コッドローはちょっと焼いてブランデーでフランベしてもいい。
バジルツナサンドは、名前の通りバジルのみじん切りを混ぜる。バジルペーストでもいい。アイオリエッグサンドは、ゆで卵にニンニク、オリーブ油、マヨネーズと塩・胡椒を和える。これにオイルサーディンを挟んでもいける。
(下段)キョフテメンチは、トルコ料理のアレンジ。ピタパンも自分で焼く。作り方は、中華の家常餅(ジアチャンビン)と同じ。油をオリーブ油にするだけ。
パステルは、ブラジルの代表的なスナック。中身はチーズだが、これにグァバを加えると、ロミオとジュリエットという名前になる。