『国分寺・国立70sグラフィティ』

村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック

「SINCE I FELL FOR YOU 」で終わるピーター・キャットの一日

 スタンリー・タレンタインとザ・スリーサウンズのアルバム『ブルー・アワー』のB面の最初の曲は、「SINCE I FELL FOR YOU 」だが、この曲は、ジャズ喫茶「ピーター・キャット」のエンディングテーマだった。豪放なテナー奏者としてしられるスタンリー・タレンタインジーン・ハ リス率いるスリーサウンズの組み合わせは絶妙で、ブルージーな演奏には、何とも言えぬ大人の豊穣な香りが漂う。アンニュイだが、甘過ぎず外連味はなく、凛とした雰囲気も漂っている。アンヴィバレンツな、しかしバランスのとれた演奏と言えばいいのか。地味だが、間違いなくブルーノートの名盤の一枚だと思う。 「SINCE I FELL FOR YOU 」の意味は、「私があなたに惹かれた時から」。あるいは、「夢中になってから」かな。ちょっと後引きの切ない曲だ。
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 バーボンの香りと煙草の煙の充満する(遥か昔に止めたので、そんな店はとても耐えられないが…)店内にこの曲が流れるのは、決まって12時55分頃 だった。デンオンターンテーブルにLPを乗せてカートリッジを静かに置き、レコードスタンドに、このダークブルーのジャケットを立てる。シャリシャリと いう音の後に、やがてジーン・ハリスの気だるいピアノに導かれるようにスタンリー・タレンタインの甘く切ないテナーが流れる。
 「お楽しみのところ申し訳ございませんが、そろそろ閉店の時間となりました。本日はどうもありがとうございました」と言って照明を明るくしていく。お客はみなおとなしく帰っていった。一部の常連を除いては…。店の掃除を始めながら、ああこれで今日もやっと一日が終わると思ったものだ。

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 店が終えた後は後片付けと掃除をして、よく春樹さんと話をしたものだ。ジャズの話、学生運動の話、学生生活の悩みや彼女のことなど。彼はちょうどバイトをしていた私たちの兄貴の様な存在で、よく相談にものってもらった。これ面白いよと、アメリカの小説や、爆笑ものの漫画全集なども教えてくれた。バイト中、カウンターの中では、結構くだらない話もしていたが、なにかしら色々な事があって、いつ行っても面白い店だった。
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 お客さんは、私が通っていた武蔵美を中心に、東経大、一橋大、農工大学芸大、津田塾、国立音大、多摩美などの学生に、ジャズが好きな若いサラリーマンが多かった。音楽、マスコミ関係や、出版関係の人も多かった様に思う。近所のお店の人もよく来てくれた。春樹さんもどこかで書いていたが、立川基地の若い兵士が来たこともあった。個人的には、非番の日に行っても、い つも何人かは友人が必ずいるという感じだった。もっとも、国立に引っ越すまでは、店の数軒先のアパートに住んでいたのだから、ほとんど毎晩顔を出していたわけだが。
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 当時はオーディオブームで、ジャズを聴くオーディオセットが欲しくて、他にイベント屋で運動会や歌手のコンサートのセッティング、青山の輸入家具屋、寝具メーカーのデザインのバイトと、4つも掛け持ちして体を壊したこともあった。夏には集英社でnon・noのバイトもした。そして、ラックスマンのプリメインアンプに、マイクロのプレーヤーSOLID-5、デンオンのスピーカー、アパート暮らしなので大音量では聴けないため、奮発してスタックスのコンデンサータイプのヘッドフォンを買った。プレーヤーは、店のものが故障した時に代役を務めたこともあった。「このプレーヤーなかなかいいね。」と春樹さんにほめられたことを覚えている。
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「ピーター・キャット」があった国分寺には、青春の想い出がたくさん詰まっている。いずれ少しずつ紹介するが、面白い店がたくさんあった。「寺珈屋」、 「船問屋」、「たらまんか」、「ほんやら洞」、「グルマン」、「ピッコロ」、「まねき」、「国分寺書店」、「ピーナッツハウス」、「27歳の奇麗なお姉さ んがやっていたスナック(名前が出て来ない)」、「定食あかぎ」、「コタン」、「ポパイ餃子」、「キッチン・フローラ」などなど、遊び歩いたお店の名前が 次々に浮かんでくる。今はチェーン店ばかりだが、当時は学生がお金をかき集めたり、世界を放浪してきて開店したり、そんな個性的な店がたくさんあって面白い時代だった。

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『1974年とはどういう年だったか』
ロッキード事件により田中首相が退陣。米の傀儡・三木内閣が誕生。
●前年に第一次オイルショックがあり、公共料金の値上げ、物価高騰。戦後初のマイナス成長。
三菱重工ビル爆破事件。元日本兵小野田寛郎さん30年ぶりに救出。多摩川決壊。原子力船「むつ」放射能漏れ事故。
●『かもめのジョナサン』、『ノストラダムスの大予言』、『GORO』『ビックリハウス』創刊、ドラマ『傷だらけの青春』、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』、映 画『スティング』、『ゴッドファーザーPART II』、『エマニエル婦人』、森進一『襟裳岬』、グレープ『精霊流し』、井上陽水LP『氷の世界』、カーペンターズLP『ゴールデン・プライズ第2集』、 紅茶きのこストリーキングユリ・ゲラー、長島引退、幸福駅ゆき乗車券、モナ・リザ展、ベルバラブーム、セブンイレブン一号店開店、ミニスカートからマ キシへ、ビッグファッション流行等々。