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『国分寺・国立70sグラフィティ』

村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック

春樹さんがいう地下室に下りてみよう。『僕たちは再び「平和と愛」の時代を迎えるべきなのかもしれません』村上春樹

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 3.11以降、実質国土の三分の一が失われたというのに、東京湾はもちろん北太平洋もほぼ死んだというのに、この国のテレビは相変わらずバラエティやグルメ番組を、まるで何事もなかったかのように垂れ流し続けている。戦後、CIAが持ち込んだ愚民化政策は脈々と続いている。日本人はすっかり洗脳されてしまった。日本人ほどマスコミを無条件に信じる国民はいない。情報弱者と安全性バイアスにかかっている人はもちろん、放射能の話をタブー視するようなダチョウ症候群にかかった人は生き残れないだろう。村上春樹さんのファンの中で、彼の「カタルーニャ賞受賞スピーチ」の全文を読んだ人はどれほどいるだろうか。彼は「効率」という上品な言葉を使ったが、「効率」=「カネ」だろう。「カネ」の力しか信じない守銭奴がこの世界を牛耳っているということだ。そこには「愛」の欠片もない。
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 創元社から出てベストセラーになっている孫崎享氏の『戦後史の正体』 (100pまで無料で読める。以下は購買を)は、衝撃の本だった。ひと言で言えば「みんな嘘だった」ということだ。どおりで戦後史を学校で教えないわけだ。それどころか明治維新後の歴史も捏造だらけ。嘘だと思うなら「田布施システム」で検索してみるといい。現代史ばかりではない。古代史も『記紀古事記日本書紀)』を初めとして捏造の塊である。歴史は常に時の権力者によって都合のいい様に捏造されるものだ。世界史も同じ。
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 春樹さんの小説は、主に20代から30代前半と団塊の世代に読まれている様だ。春樹さんも言う様に、30代後半から40代になり仕事に追われるとフィクションの世界に遊ぶ余裕はなくなる。私自身が春樹さんの作品を読んだのは初期の頃だけで、南米から帰国後はG・ガルシア・マルケスなど南米文学ばかり読む様になったが、それは南米放浪のせいばかりではなく、彼の小説に出て来る主人公の年齢より上になり、現実世界に追われ感情移入ができなくなったというのもあるかもしれない。作家は、その年齢までタイムマシーンで遡って書くのだろうけれど、読者が遡ってまで読む事はノスタルジーに浸るためだろうから。そうしたい年齢や状況にならないと、なかなか手には取れないだろう。特に3.11福島第一原発の未曾有の大事故の後では、フィクションの存在理由そのものが問われる事態になってしまった。パラダイムの組み替えでは済まない事態だ。なにせ、貞観-仁和地震の再来である。そう遠くない将来に大地震は必ず来る。もうひとつ原発が爆発したら、それは日本の終わりを意味する。その上、六ヶ所村セラフィールドが崩壊したら、地球上の生命のほとんどが滅亡するということが分かった。なにもしないで馬鹿なテレビ番組を観ている時間は我々にはないはずだ。現実がフィクションを越えてしまった。
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 1979年に群像で発表された『風の歌を聞け』の初版本を買った当時、私は社会人になったばかりだった。南麻布のフランス大使館近くの古いマンションに友人と住んでいて、南青山の小さなデザイン事務所に白いアロー号で通っていた。近所に田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』に出て来る超高級マンションとケーキショップがあって、彼の本を抱えた女子大生がうろちょろしていた。そんな時代だ。『風の歌を聞け』を読んで、友人達と話したのは、「これって内容はともかく、構成は『スラップ・スティック』だよね。」ということだった。店をやりながら書いたのでああいう書き方になったと書いていたが、ぶつ切りの構成といい、手描きイラストの挿入といい、それは正にカート・ヴォネガットの『スラップ・スティック』だった。当時、そのことを指摘した文芸評論家は一人もいなかった。そんなもんだ。この本は76年刊なので、もちろん国分寺のアルバイト時代には読んでいないが、彼の本が面白いよと教えてくれたのは春樹さんだった。ここで気づいた方もいるだろうが、このブログの書き方が正にそれである。◆型のマークまで一緒。いつでも中断していつでも加筆できる。終わりが見えない細切れのフリージャズだ。
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『スラップ・スティック』は、当時の友人達の間で流行って、小説に頻繁に出て来る「ハイホー」というかけ声も流行った。また『猫のゆりかご』に出て来る架空の宗教「ボコノン教」の、相手と両足の裏側を合わせてチャネリングする妙な行為、ボコマルも酔っぱらうとふざけてやったりしたものだ。試しにやってみるといい。手をつなぐよりいいかも知れない。「人工的核大家族」という概念も私をゆさぶった。当時私はSF小説に凝っていて、カート・ヴォネガット・ジュニ アの『タイタンの妖女』や『プレイヤー・ピアノ』、J.G.バラードの『沈んだ世界』や『結晶世界』に『ハイ-ライズ』。レイ・ブラッドベリの『万華鏡』や『何かが道をやってくる』。A&B・ストルガツキーの『ストーカー』。アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』。ジョージ・オーウェル の『1984年』や『動物農場』。スタニスワフ・レムの『ソラリス』などをむさぼり読んでいた。
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 そんな訳で、春樹さんの小説に関しては特に語れることもないのだが、逆に昔の人となりを知っているだけに対談やインタビューは興味があり買っていた。村上龍氏との対談の『ウォーク・ドント・ラン』や『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』など。それらを読むと、店が終了後に私等アルバイトの悩みや生意気な話ににつき合ってくれた春樹さんの誠実な人柄を思い出すのです。時にはからかわれたり、厚い下唇を突き出して怒られもしたけれど。そういえば、ジャ ズ・フルートをやっていたが、厚い下唇が邪魔で向いてないので止めたという話を聞いた記憶があるのだけれど本当だったのだろうか。春樹さん一流のジョークだったのか。ちなみに私にはピアニストの彼女がいたのだが、ピアノを弾ける様になりたいなと言ったら、あなたのその短い指はピアニスト向きじゃないと言わ れた。手の平は大きいのだが・・。でも「英雄」のサビの部分だけでも弾ける様にならないかなと言ったら、サビが弾ければ全部弾けるよと笑われた。それはそうだ。
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 前置きが長くなってしまったが、そろそろ地下室に下りてみようと思う。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』の中で、春樹さんが話している言葉を引用する。
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 「イメージをつかって、お答えしましょうか。仮に、人間が家だとします。一階はあなたが生活し、料理し、食事をし、家族といっしょにテレビを見る場所です。二階はあなたの寝室がある。そこで読書をしたり、眠ったりします。そして地下階があります。それはもっと奥まった空間で、ものをストックしたり、遊具 を置いたりしてある場所です。ところがこの地下階のなかに隠れた別の空間もある。それは入るのが難しい場所です。というのも、簡単には見つからない秘密の扉から入っていくことになるからです。しかし運がよければあなたは扉を見つけて、この暗い空間に入っていくことができるでしょう。その内側に何があるかは わからず、部屋のかたちも大きさも分かりません。暗闇に侵入したあなたはときに恐ろしくなるでしょうが、また別のときはとても心地よく感じるでしょう。そ こでは、奇妙なものをたくさん目撃できます。目の前に、形而上学的な記号やイメージや象徴がつぎつぎに現れるんですから。それはちょうど、夢のようなものです。無意識の世界の形態のようなね。けれどもいつか、あなたは現実世界に帰らなければならない。そのときは部屋から出て、扉を閉じ、階段を昇るんです。 本を書くとき僕は、こんな感じの暗くて不思議な空間の中にいて、奇妙な無数の要素を眼にするんです。それは象徴的だとか、形而上学的だとか、メタファーだとか、シュールレアスティックだとか、言われるでしょうね。でも僕にとって、この空間の中にいるのはとても自然なことで、それらのものごとはむしろ自然な ものとして目に映ります。こうした要素が物語を書くのを助けてくれます。作家にとって書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなものです。それは、 論理をいつも介入させられるとはかぎらない。法外な経験なのです。夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです。」
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 これを読んだ時にそうだよねと思った。小説家というのは「覚醒しながら夢を見られる人」なのだと。そして、「過去や深層心理の世界に自由に行き来できる人」なのだと。私なんぞは、適度にアルコールが入らないと下りていけない。それではいけないと始めたのがこのブログだったりする。書くということは、時と共に雲消霧散していく思考を二次元に化石化する作業だ。そのきっかけになったのは、3.11に他ならない。
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 さらに私なりの解釈をすると、地下一階は過去の部屋。地下二階、三階は深層心理の部屋ともいえる。人によっては地下二階に行く扉があることを知らない人もいるし、見て見ぬ振りをする人もいる。地下二階にはPTSDが、地下三階にはトラウマが転がっていたりもする。下りたら戻れないかもしれない。トラウマ は人を強くするという心理療法士もいるが、ほぼ誰にも原因が明確なPTSDと違い、トラウマはなかなかその原因が分からなかったりするし、そうだと分かっても本人が認めない場合も多い。多くの場合その原因が親だからだ。親に傷つけられたということは認めにくいものだ。親に起因するトラウマは親が死んでも続く厄介なものだ。むしろ分からないからトラウマなのだとさえ言える。そして、歴史的に見れば、戦争が最も多くのトラウマを生じさせる原因となっているようだ。
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 信州の川中島は、越後の上杉謙信甲州武田信玄に、その肥沃な土地を狙われベトナムアフガニスタンのような戦場となった。戦国当時の川中島の民が記した記録に「七度の飢饉より一度の戦(いくさ)」という言葉がある。それほど戦は地獄そのままだったということだ。当時は「乱取り」というものがあり、掠奪と狼藉の限りを尽くした。被害者は主に女性と子供である。戦が終わるとすぐに奴隷市がたった。女子供は勝った国や、海外にまで売られたのだ。土豪の武士も小説や大河ドラマにあるような奇麗ごとではなく。骨肉の争いが繰り広げられた。機能不全家族の典型だともいえる。藤木久志氏の『雑兵たちの戦場』などを読むといい。大河ドラマ歴史小説にありがちな英雄史観では、歴史の真実は決して見えて来ない。二つ前の文章で書いたが、古代より日本人が持つトラウマは、敗残兵のものではないだろうか。世界歴史的には敗残兵が国家を作ることは希有だ。たいてい滅亡するし滅亡している。この事に焦点を当てた論文を私は知らない。日本人の民族的な特殊性を説明する糸口にならないだろうか。
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 ベトナム戦争により、アメリカでアダルト・チルドレンが大量に生み出されたことは、よく知られている。-アダルトチルドレンとは、機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的な トラウマを持つ、という考え方、現象、または人のことを指す-(wkipedia)。当然日本では、第二次世界大戦(太平洋戦争)で、大量の機能不全家族が生まれ、アダルト・チルドレンが大量に生み出されたことは想像に難くない。特に都市部や軍関係の家庭、一般庶民よりむしろエスタブリッシュメントの家庭に多かったはずだ。なぜなら、敗戦のショックがより大きかったはずだから。都会の子供は疎開により親から引き離されたりもした。東京大空襲で、目の前で親兄弟が無惨に亡くなったり、戦争孤児になった人もいる。それは生き地獄だ。もちろん広島、長崎を忘れるわけにはいかない。
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 専門家ではないので、経験と独学と直感が元になるのを承知で記する。敗戦直後、日本はアメリカの収奪により昭和初期の経済力まで堕ちた。朝鮮戦争を機に アメリカの政策が反転し、日本は高度経済成長へと向かう。その中で生まれたのが家庭を顧みない働き蜂の父親と、教育ママだった。失われた子供時代や青春時代の夢を子供に託すようになったのも、必然と言えば必然だった。そこで、求められる愛と与える愛の間に乖離が生まれた。反抗できない子供は親の前でいい子を演じる様になる。本来なら素直に放出されるべき第二次反抗期も押さえ込まれる。そして、ついに爆発する。家庭内暴力に走る場合もあれば、自傷行為に走る場合もある。女子の場合、拒食症になることもある。女子の拒食症は、ほぼ100パーセント母親の過干渉に因るという。望む愛情を与えられず、愛され方を知らないで育った人は、愛し方も知らない。カート・ヴォネガットは言う。「愛もまた学ばれるものだ」と。
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 戦後、アメリカから形ばかりの個人主義核家族、子供部屋なるものが入り、スキンシップが減った。昔、私はブラジルを放浪し、金持ちから中流家庭、貧民街まで滞在したが、そこで見たのは豊富なスキンシップと、子供を叩かないという育て方だった。犯罪の多いブラジルだが、一般庶民は日本人以上に暴力を嫌う。どつき漫才はブラジルではあり得ない。下層階級ほど子供は共同保育の様な形で育てられる。赤ん坊の頃から多くの赤ん坊や子供、大人と接していると、人見知りや夜泣きをしない子供になる。コミュニケーション障害にもならない。そして、ブラジルで感じたのは、子供の意見や話を大人がよく聞くということだ。 日本の様に、子供は黙ってろとか、大人の話に口を挟むなという場面は見た事がなかった。それは貧民街でもそうだった。個人が尊重される。ブラジル国旗に は、Ordem e Progresso(秩序 と進歩)という言葉が書かれている。哲学者オーギュスト・コントの言葉だ。口の悪いブラジル人に言わせると、ブラジル最大のジョークだなどと言うが、なかなかどうして。サンバとサッカーだけの国ではない。
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 1877(明治10)年に来日して、大森貝塚を発見したアメリカの動物学者エドワード・モースは、「世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない」と記している。「七歳までは神のうち」とか「子は国の宝」などという言葉が、まだお題目ではなく生きていた頃 だ。十五歳で元服し大人扱いをされたことも忘れてはならない。江戸の子育て全てがいいわけではないが、ルソーやマルクスエンゲルスの影響を受けた官僚が作った薄っぺらな「ゆとり教育」「子供の権利」「個性尊重」などという借り物の空論ではなく、そこには培われた知恵と愛情があった。明治維新によりかなり廃れたが、それでもまだ地方では息づいていた。それが、戦後完全に崩壊した。悪書『スポック博士の育児書』とともに。
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 形而下学的に収斂(しゅうれん)していった時に、自然の複雑な形態が人の思考と手によりどういう理論で帰結していくのか、私にはその法則は分からないが、一般の人が模倣した時には、顔が単なる丸になったり便化(べんか)の形態をとるということは分かる。子供の絵もそうだ。人は複雑な物事や手に負えない事を、簡単にしたがるものだ。思考もその道を辿る。人は何かに縋(すが)り信じる事を選びたがるものだ。そして、権力者は、人間のその特性を利用する。疑う事は道徳的な悪だ、私を信じよと。しかし、信じるということは思考を止めるということである。それこそエスタブリッシュメント(支配者)の思う壷だ。科学は万能ではないし、常に客観性を求められるものだが、信じる対象ではない。常に疑われるべきものだ。しかし、その罠に自ら嵌(はま)ってしまう科学者や技術者が多いのも事実だ。安全性バイアスは、誰もがかかる可能性がある。疑問を持つことは、決して道徳的な悪ではない。思考を止めてはいけない。
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 3.11以降のバルセロナにおけるインタビューで春樹さんは、「平和と愛」の時代の復権を唱えている。
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「僕は1968年に東京にある大学に入りました。当時は革命の時代でした。若い人たちはたいへん理想主義的で政治的でしたでもそうした時代は過ぎ去りました。もはや人々は理想主義に対する興味を失い、利益を得ることに熱心です。日本の原子力発電所の問題は、理想主義の欠如の問題です。これからの10年は、 再び理想主義の10年となるべきだと僕は思います。僕たちは新しい価値体系を築きあげる必要があります。1968年や1969年には、人々は「平和と愛」 を謳っていました。僕たちは再び「平和と愛」の時代を迎えるべきなのかもしれません。そうすれば楽観的で あることも少し容易になるでしょう。今現在の状況では簡単なことではないでしょうが、乗り切るためには必要なことです。資本主義は今ターニング・ポイントにさしかかっています。僕たちはヒューマニズムの復興を模索しなければなりません。効率や利便性を追求することは容易ですが、ときに僕たちは険しい道を進ま なければなりません。僕が今感じているのはそんなことで、僕たちはもう一度このことを考えるべきだと思います。こんなこと言うと照れますね!(笑)でも僕はこれからも、とても暗く、奇妙で、残酷で、ある時には血なまぐさい物語を書いていくと思います。僕は理想主義的で楽観的で、愛を信じてはいますが。」
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 私もそうだと思う、そうでなければならないとも思う。しかし、日本人に、いや人類に残された時間は余りにも短い。今は1000年に一度の地震多発期。 『日本三代実録』の貞観地震から仁和地震に至る記述を見て危機感を持たない人はいないだろう。当時と異なるのは、我々は大量の原発と核廃棄物を抱えているということだ。アウターライズ地震六ヶ所村が崩壊すれば、その時は人類の終わる時だ。それだけの量の核廃棄物がある。愛で放射能を消す事はできない。
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貞観地震-仁和地震
864年:富士山噴火/868年:播磨国地震/869年:貞観地震(東北沖地震:M 8.3以上)・貞観津波/871年:鳥海山噴火/874年:開聞岳噴火/878年:相模・武蔵地震(関東地震:M 7.4)/887年:仁和地震(南海地震:M 8.0~8.5・東海東南海連動説も)八ヶ岳が水蒸気爆発で崩壊。千曲川・相木川を堰き止め大海・小海湖を造る。翌年決壊。遠く善光寺平まで甚大な被害を もたらす。
 富士山噴火から23年間に、大地震が4回、大噴火が4回起きている。現在は、その時代に酷似している。なにせM9の未曾有宇の大地震が起きたのだ。このままで済むはずがない。
*ところが京大の川辺秀憲序助教が分析した結果、M9の大地震ではなく、わずか2分ちょっとの間に連続してM7.2からM8.0の地震が5つ連続して起きていたことが分かった そうだ。確かに津波に襲われる前の沿岸部の家が、M9の大地震にしてはほとんど倒壊していないのが謎だった。更に東京ドーム40万個分の土砂崩れが海底で あったことも分かったという。非常にきな臭い。実はマグニチュードをほとんどの人が理解していない。M7を1とすると、M8は30倍、M9はなんと1000倍になる。東北沖大地震がM9というのは、アリが象の大きさだというぐらいの虚言である。いったい何が起きたのか、真剣に考えるべきである。我々は想像を絶する悪意の世界に生きているのかもしれない。
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 地球の年齢は約46億年。約39億年前に海ができて原始生物が誕生しても、地球は太陽や雨中からの放射線宇宙線が降り注ぎ、陸上で生物が棲める環境ではなかった。誤解を恐れずに言えば、太陽は最も巨大な原発であり原爆なのだ。5.5億年前に海藻が酸素を大量に作り始め、オゾン層ができて、やっと陸上で生物が生きられる環境が整った。
 そして、人類が誕生したのがわずか450万年前。地球の歴史を1年とすると、人類の歴史はたった8時間余り。その人類が、膨大な時間をかけてやっと生物が棲める様になった地球を、自ら放射能で汚している。原発=原爆=核は、生物学的には、最も反動的なものなのだ。覚醒か滅亡か。目覚めよ、さらば救われん。目覚めなければ滅亡あるのみ。
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【必読】日本人が知らない村上春樹の熱き思い--「まじめで強い日本人には、原発をなくすことが出来る」arterna
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 一番上の図。3.11の福一の事故によって北半球はほとんど満遍なく汚染されたことが分かる。キセノン133は、放射線を出さない安定元素だが強塩基で危険性は強い。史上最強の猛毒、たった一粒吸引で肺癌になるというプルトニウムなどのホット・パーティクルさえ北米にまで届いている。2011年3月15日や21日に関東等で目や喉の痛みを感じた人は、 これを吸い込んだ可能性がある。プルトニウムに関しては、都民一人平均10粒吸引しているというデータもある。都民一人あたり3600ベクレル内部被曝しているとは、都の正式発表。これには希ガスが含まれていない。福島からはフレッシュな放射能が毎日放出し、海へはそれ以上が駄々漏れの状態。専門家によると再臨界も起きているようだ。むしろ本当の地獄はこれからやって来る。海外のニュースを選んで読まなければ、決して真実は見えてこない。
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『風の歌を聞け』村上春樹/『スラップ・スティック』カート・ヴォネガット/『ウォーク・ドント・ラン』村上龍vs村上春樹/『夢を見るために毎朝僕は目 覚めるのです』村上春樹/『悲しき熱帯』レヴィ・ストロース構造主義の原典/『百年の孤独G・ガルシア・マルケス:この小説を読み終えた後は、もう フィクションは読まなくていいなと思ったほど。登場するブエンディーア家は典型的な機能不全家族かもしれない。
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 今日はここまで。次回は当時の学生の自炊・外食、つまり食料事情について。抱腹絶倒の物語。お金で食料が、しかも安全な食料が手に入るのが幻想となる日はすぐそこまで来ているかもしれない。いや、既に来ている。