『国分寺・国立70sグラフィティ』

村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック

雨の日とミッドナイトには、女性ヴォーカルがよく似合う

 ジャズ喫茶といっても、「ピーター・キャット」は、会話をするとウェイターがやってきて「お静かに!」などと言われる様なおしゃべり禁止の店ではなかった。そういう本格的にジャズを聴きに行くための店は、それはそれで存在理由があって貴重だった。私も吉祥寺の「OutBack」や「Funky」には、よく行った。ハードロックを聴きたいときは、「赤毛とそばかす」にも。彼女とのデートには、「西洋乞食」に。当時の吉祥寺を知る人は知っているだろう が、全て故野口伊織氏プロデュースの店だ。70年代のジョージの文化を作った人と言っても過言ではないだろう。
 国分寺の「ピーター・キャット」は、概ね新宿の「DUG」をモデルにしたものだと思う。夜はアルコールがメインのジャズバーで、ここにも友人とよく行った。長い木のカウンターもよく似ている。(参照:50年以上の歴史を誇るジャズ喫茶の名店! 新宿「DUG」オーナー中平穂積さんに聞く「カルチャーの集合地が育つまで」)
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 そういう訳で、ジャズを聴きに来るだけが目的の本格的なジャズ喫茶の様に。アルバムのリクエストが、ひっきりなしに来るという状況ではなかった。それでも、満席になると、LPを替えるのに忙しかったこともあった。音が途切れてはいけないからね。リクエストの定番は、やはり男性中心のピノトリオや、アルトやテナーサックスのカルテットが中心になる。けれども、ハードバップばかり聴いていると、箸休めならぬ耳休めが欲しくなるのも事実。特に、ブルーな雨の日や、夜10時を過ぎると無性に女性ヴォーカルが聴きたくなるものだ。実際、そういう時には女性ヴォーカルのリクエストが多かった様な気がする。そんな 「キャット」にあった女性ジャズヴォーカリストの中から、思いつくままに書いてみようと思う。(写真左上から右へ)

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Lee Wiley"West of thw Moon"
Chris Connor"CHRIS IN PERSON"
Monica Zetterrlund/Bill Evans"WALTZ FOR DEBBY"
Billie Holiday"LADY LOVE"
Helen Merrill"helen merrill with Clifford Brown"

Jo Stafford"JO+JAZZ"
Peggy Lee"Latin ala Lee"
Astrud Gilberto"GILBERTO with Turrentine"
Marlene"My Favorite Songs"
Kimiko Kasai"WE CAN FALL IN LOVE""TOKYO SPECIAL" "ROUND AND ROUND"
"Dejavu" "Left Alone" "It's MAGIC"

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 リー・ワイリー(1908 -1975)。スウィング全盛の古い時代から活躍していた人なので、若いジャズファンには馴染みが無いかもしれないが、エレガントで包容力のある、その歌声は一度聴いたらたぶん病み付きになるはず。"West of thw Moon"は、録音が少ない彼女の最後の傑作と呼ばれるアルバムで、彼女のハスキーヴォイスがたまらない。A面もいいけれど、B面の"East of the Sun"や"As Time Goes by(時の経つまま)"は、本当に素晴しい。ささくれ立った心を静めるのには最適な歌声。映画『カサブランカ』の名曲をイングリット・バークマンの美貌とともに堪能して欲しい。

"Lee Wiley - As Time Goes By"

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 クリス・コナー(1927-2009)。写真の"CHRIS IN PERSON"は、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ録音。クリス・コナーといえば、「ミスティ」か「バードランドの子守唄」だろう。"Chris Connor - Lullaby of birdland"バラードもいいけれど、アップテンポの曲もスリリングで最高だ。ドライブしながら聴くと、ついついスピードを出しすぎてしまうかもしれない。リクエストが多かったアルバムの一枚。

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 モニカ・ゼタールンド(1937-2005)。スウェーデンのジャズシンガー。昔はセッテルンドと表記されていたが、スウェーデンの発音はこちらが近いのかな。所謂ジャケ買いの筆頭にくるアルバム。ビル・エヴァンスとの素晴しい共演の一枚が、この『ワルツ・フォー・デビー』。「ピーター・キャット」の女性ヴォーカリストの中でも、一番リクエストの多かった一枚だと思う。女優もしていたというその美貌はもちろん、ハスキーでアンニュイな歌声は、まさにミッドナイトの定番アルバム。"Monica Zetterlund with Bill Evans Trio Waltz for Debby" 2005年に寝たばこが元で焼死してしまった……。

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 ビリー・ホリデー(1915-1959)。恋と酒と麻薬に身を滅ぼしたジャズシンガーだが、生涯に渡り人種差別や性差別と戦った女性でもある。店にあったのは、代表作『レディ・デイ』他だったと思う。この"LADY LOVE"は、A面もいいが、B面の"Billie's Blues"と"Lover come back to me"が私は好きだ。ジャニス・ジョプリン他、多くの女性ヴォーカリストに影響を与えた偉大な歌手である。麻薬とアルコール依存症のために、初期と晩年では声質が全く異なるが、両方とも私は好きだ。最も有名な曲は、人種差別によるリンチで殺されて木に吊るされた黒人を歌った"Strange Fruit"「奇妙な果実」だが、私は彼女の"Summer Time"が好きだ。ジャニス・ジョプリンアルバート・アイラーのと共に、三大サマータイムと勝手に呼んでいる。"Billie Holiday - Summertime- JazzAndBluesExperience"


 彼女の死後に、晩年の伴奏者だったマル・ウォルドロンが出した追悼盤のタイトル曲"LEFT ALONE"は、彼女の愛唱歌でもあった。ジャッキー・マクリーンのサックスとマル・ウォルドロンのピアノが壮絶に切ない。これもリクエストが絶えなかったアルバム。
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 ヘレン・メリル(1930-)。"helen merrill with Clifford Brown"は、モニカの『ワルツ・フォー・デビー』と共に、最もリクエストの多かったアルバム。ニューヨークのため息と呼ばれた彼女の歌声は、何度聴いても飽きる事がない。代表曲の"You'd Be So Nice To Come Home To" は、彼女の歌声はもちろん、クリフォード・ブラウンの珠玉のソロがクインシー・ジョーンズの編曲と相まって非常に都会的で洗練された曲に仕上がっている。 日本ではCMに使われたので、ジャズに詳しくない人でも聴いた事がある曲だろう。「ピーター・キャット」でも、多い時は、一日に三回くらいリクエストがあった記憶がある。


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 ジョー・スタッフォード(1920-2008)。写真の"JO+JAZZ"は、トランペット・ヴォイスといわれた彼女の代表作の一枚。A面最初の"Jo Stafford - Just Squeeze Me (But Please Don't Tease Me)"、大人の曲だなあと思う。ウィスキーもいいけれど、ブランデーが似合う様な曲だ。
 邦題が「煙が目にしみる」の"SMOKE GETS IN YOUR EYES(JO STAFFORD)"もいい。


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 ペギー・リー(1920-2002)。少したれ目で、笑顔が可愛い女性。ソフトで少し甘ったるい声は、ピロートーク代わりに聴くといい。代表作は『ブラック・コーヒー』で、これもリクエストが多かった。"Peggy Lee - Black Coffee"。私の愛聴盤は、ラテンを歌った"Latin ala Lee"。バラードの彼女とは違う魅力がある。


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 アストラッド・ジルベルト(1940-)。ブラジルのボサノバの女王。スタン・ゲッツとの共演による「イパネマの娘」 は、余りにも有名。写真のアルバムは、スタンリー・タレンタインとの共演。世界的なヒットで、一躍有名になった彼女だが、意外にブラジルでは実績が乏しい。まあ、ガル・コスタとか凄い歌手が何人もいるので仕方がない面もあるのかな。もう昔だが、青山の「ブルーノート東京」で、彼女のライブを聴いたことが ある。日本人では、小野リサが好きだ。彼女の「イパネマの娘」のムービーには、モデルとなったエロイーザという娘の写真と舞台となったレストランも出て来る。ボサノバというと、昔リオデジャネイロのコパカバーナの高層アパートのドミトリーに滞在して、毎日プライア(浜辺)に日光浴に行っていた頃を思い出す。


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 最後の二枚は、「ピーター・キャット」には無かったアルバム。日本人のジャズシンガーのアルバムは無かったと思う。マリーンと笠井紀美子、そして写真にはないけれど吉田美奈子。この三人は、70-80年代にかけての日本の三大歌姫と私は思っているのです。
"マリーン - It's Magic - 1983.09"
 角川の映画のテーマで“Left Alone”も歌っているが、それもいい。
笠井紀美子“We Can Fall In Love” なんてキュート!なんてセクシー!


"夢で逢えたら - 吉田美奈子"、"吉田美奈子/時よ(フルバージョン)"凄い。圧巻のライブです。時が戻せるのなら……。スキャットもつぶやきも全て極上の魂の歌。


大滝詠一 吉田美奈子 夢で逢えたらTracks Only


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 こうやって、女性ジャズヴォーカリストを挙げてみると、ハスキー・ヴォイスの人が多い。男共はハスキーな声の女性が好きなのかね。そう、好きだ。元妻の亡くなった祖父は、シュドゥビドゥビドゥバドゥビドゥバーの青江三奈が好きだったが、その彼女も"You'd Be So Nice To Come Home To"を歌っているものね。いやこれ凄くいいよ。

 八代亜紀も歌ってる。演歌≒ブルースなのかな。固定観念を排除すべき。例えば松浦亜弥。単なるアイドルではない事は、この曲を聴けば分かる。"ダブルレインボー Aya Matsuura Maniac Live Vol 4 2 07"大手広告代理店やマスコミによって作られたステレオタイプのイメージにはまるのは損なだけでなく、原発事故によって極めて危険なことだということも分かったはずだ。分からないならあなたは情報弱者。生き残れない。
 東京は、ウクライナキエフではなくチェルノブイリ級の放射能汚染。海外の情報弱者でない人は、東京は終わったと思っている。キエフでさえ健康な子供は 5パーセントしかいない。それが東京の未来。そんな都市が発展するわけがないだろう。終わりの始まりは、既に始まっている。


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 もちろん、他にもまだまだたくさん素敵なヴォーカリストはいる。忘れてはいけない大御所も。
エラ・フィッツジェラルドElla Fitzgerald) 『マック・ザ・ナイフ』の中の"ハイ・ハウ・ザ・ムーン"のアドリブのスキャットは圧巻。
サラ・ヴォーンSarah Vaughan) 太い包容力のある声が魅力。"マイ・ファニー・ヴァレンタイン"
ニーナ・シモンNina Simone) "フィーリング・グッド"彼女の歌は、アメリカというよりもアフリカを感じさせる。
ダイナ・ワイントン(Dinah Wshington) "カム・レイン・オア・カム・シャイン"艶のある歌声が魅力。
ナンシー・ウィルソン(Nancy Wilson) カウント・ベイシー・オーケストラをバックに"Satin Doll"。ゴージャスなビッグバンドをバックに、彼女の伸びのある軽快なヴォーカルが心地いい。
カーメン・マックレェ(Carmen McRae) "ラウンド・ミッドナイト"切々と聴かせる味わい深い歌声。
アニタ・オデイ(Anita O'day) なんともいえない色気がある。"ザ・マン・アイ・ラヴ"
ジューン・クリスティ(June Christy) "ソフトリィ、アズ・イン・ア・モーニング・サンライズ"キュートでクールな歌声。このアルバムもリクエストが多かった。
 エトセトラ、エトセトラ・・・。
 もしリンクの切れているものがあったら検索してみて欲しい。見つかるかも。
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 今日はここまで。次回はラプソディ・イン・国立。雨上がりの夜空に・・故忌野清志郎さんへ捧ぐ