『国分寺・国立70sグラフィティ』

村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック

人生は、ジャズと酒とバラの日々。村上春樹さんが教えてくれたカクテルあれこれ

「ピーター・キャット」のお酒は、ビールはキリンのラガーだった。キリンだから、輸入ビールはバドワイザーハイネケン、ギネスなども置いていたと思うが、確かな記憶がない。ウィスキーは、開店の74年発売のロバート・ブラウンオン・ザ・ロックや水割りは、オールド・ファッションド・グラスで。シングル、ダブルは、メジャーで量ってグラスに入れた。レモンスライスを添えるのが珍しかった。後にカティーサークとシーバス・リーガルも入れたかな。学生なんて普段は、トリスやレッドを飲んでいたから、ロバート・ブラウンなんて本当に贅沢な高級酒だった。当時、通称だるまと呼ばれるオールドは既に爺臭い酒というイメージだったから、新発売のロバート・ブラウンは余計に格好よく見えたのだ ろう。
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 ハイボールは、背の高いコリンズ・グラス(トール・グラス)で出していた。チムニー(煙突)・グラスともいうね。冬にはホット・ウィスキーをコリンズ・ グラスに持ち金具をつけて出していた。ソフトドリンクでコカコーラとジンジャエールを出していたので、それで割る人もいた。私はコーラが嫌いなので、コー クハイは飲まなかったが、ジンジャエールウィルキンソンが好きで、よくウォッカと合わせた。店ではカナダドライだったかな。これも記憶が曖昧。ロバー ト・ブラウンは、当時、定価が2820円もしたけれど、ボトルを入れる人は多かった。オイルショックといっても、今の不景気よりは遥かにましだったわけだ。 学生でも、こんなボトルを入れられたのだから。
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 バーボンは、アーリー・タイムズ。後にフォア・ローゼズやI.W.ハーパー、ワイルド・ターキーも入ったと思う。「ピーター・キャット」で初めてバーボ ンを飲んだという学生も多かったのではないだろうか。私もバーボンにははまった。個人的には、ブラントンやI.W.ハーパーの12年ものがつぼかな。ちなみにバーボンというのは、世界五大ウィスキー(スコッチ、アイリッシュ、カナディアン、アメリカン、ジャパニーズ)のひとつで、アメリカのケンタッキー州 で作られたものをいう。そういうわけで、有名なジャック・ダニエルは、バーボンではなくテネシー・ウィスキーということになる。『ララミー牧場』や『ロー ハイド』などの西部劇で、ショットグラスでカウボーイがグイッとのんだのはバーボンだったのだろうね。ストレート・ノー・チェイサーだ。バーボンは、基本トウモロコシとライ麦が原料だが、アーリー・タイムズは7割がトウモロコシなので個性的な風味を醸し出している。
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ストレート・ノー・チェイサー』 といえば、セロニアス・モンクだ。ジャズ喫茶に通っていた人なら、イントロを数秒聴いただけで分かるだろう。「ピーター・キャット」でも人気の曲だった。 「ジャズに名曲はない。名演奏があるだけ。」という言葉があるが、正に名演奏の一枚。曲ではなく酒の方は、小さなショットグラスで出していたけれど、トー ル・グラスの氷水(チェイサー)は必須で、いらないと言ったお客さんは記憶にない。いずれにせよ、体にはこの上なく悪い飲み方だ。20度以上の酒を生で飲 むと、食道が焼けただれる。それを続けると食道ガンや喉頭ガンになる。おすすめしない。ブラジルの叔父は、ピンガという透明なラム酒をポリタンクで買いに行くと、おまけのピンガをコップ一杯ストレートで空けてから運転して帰った。ほとんど車も通らない田舎道だからよかったものの、ブラジルとはいえ、リオや サンパウロでは、とてもできないだろう。

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「ピーター・キャット」で出していたバーボンのオン・ザ・ロックソルティ・ドッグ

このレモンのスライスを見て、懐かしいと思う常連さんもいるだろう。

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 ブランデーも出していた。銀座の倶楽部じゃないのだから、ヘネシーとかレミー・マルタンとかではなく、ずっと安いものだけれど…。ワインも置いてあっ たが、銘柄までは覚えていない。ワインゼリーとコーヒーゼリーも作ったような気がするのだがはっきりしない。前回、皆でサドヤの一升瓶ワインを買ったと書 いたが、実はわが家は明治時代ワイナリーだった。葡萄酒製造業だった。父が戦前、近隣の集落の古老から、よくお宅へ葡萄酒買いに行きましたと言われたそうだ。そのまま続けていたら、私はワイナリーのオーナーだったかもしれない。いや、恐らく飲み潰しただろう。
 ジンやウォッカもあったのでジン・ライムとかジン・トニックは出していたかな。春樹さんが買い揃えて、少しずつ酒の種類が増えていった様な記憶がある。
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 店では、簡単なカクテルも出していて、私もよく作った。よく出たのは、ソルティ・ドッグ、ブラッディ・メアリーにカンパリ・ソーダ。ソルティ・ドッグ は、ゴブレットグラスの縁を濡らして塩をまずつけ、氷を入れてウォッカを注ぎ、絞ったグレープフルーツを入れ、バースプーンで軽くステアして完成。最初に 塩を付け忘れると作り直しになる。ソルティ・ドッグとは、甲板員のことで、塩っぱい野郎という意味。本来はジンを使うが、英国からアメリカに渡ってウォッカを使うロングドリンクになった。これは、男女問わず夏によく出た記憶がある。グラスの縁についた塩が、またグレープフルーツとよく合うのだ。塩をつけないのはブルドッグという。ジョージ・ガーシュウィンが 1935年のオペラ『ポギーとベス』の挿入歌として作った『サマー・タイム』が合うかな。エラ・フィッツジェラルドのボーカルで。ちなみに、私見三大「サマー・タイム」。ビリー・ホリデージャニス・ジョプリンアルバート・アイラー。いずれも素晴しい。


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 ブラッディ・メアリーは、コリンズ・グラスで出した。ウォッカとトマトジュースをステアするだけなので、家でも簡単にできる。黒胡椒をちょっと入れるといい。「血まみれメアリー」とは、新教徒を迫害した女王メリー1世ことメアリー・チューダーのこと。名前のおどろおどろしさに反して、トマトジュースが体によさそうとか、二日酔いに効くとかで流行ったカクテルだが、飲み過ぎれば二日酔いになることには変わりはない。ウォッカとトマトジュースの割合は、 1:4である。似合う曲といえば、トマトだからラテン系で、ガトー・バルビエリサンタナの『EUROPA』なんていいんじゃないだろうか。ヨーロッパといってもトマトの採れる南欧の香りがする曲だ。


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 カンパリ・ソーダは、言わずともがな真夏の味である。あの苦みがいい。60種類もの薬草やらが入っている、まあ養命酒みたいなものだが、チンザノととも に、イタリアを代表するリキュールといっていいだろう。カンパリ・ソーダやカンパリ・オレンジが一般的だが、カンパリ・ビールも旨い。私的には、ネグロー ニが一押し。カンパリベルモットドライ・ジンのカクテルである。カンパリとグレープフルーツを合わせると、マダムロゼという女性好みのカクテルになる。カンパリ・ソーダに合うジャズか・・。アート・ペッパーの『サーフ・ライド』なんかどうだろう。もっと気怠く、アストラッド・ジルベルトスタン・ゲッツの『イパネマの娘(Garota de Ipanema)』もいいと思う。小野リサもおすすめ。シルキー・ボイスが心地いい。彼女の父上の店「サッシ・ペレレ」にも、よく行った。舞台のリオ・デ・ジャネイロは、神様が作った庭園の様な美しい街だ。


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 春樹さんは、よく珍しい酒を買って来ることがあった。アブサンも そんな酒のひとつ。野球漫画で「あぶさん」というのがあるが、それで知っている人も多いかもしれない。春樹さんはヤクルトのファンで、よく神宮球場へ行っていたが、私は中学からサッカー部で、サッカー小僧だったので野球には興味がなかった。でも「あぶさん」は知っていた。アブサンは、「禁断の酒」といわれ る。ユトリロが中毒になったのも、このアブサン。ニガヨモギ、アニス、ウイキョウなどとスパイスが主成分。香味成分のニガヨモギが中毒性があるとして、各国で製造禁止になったが、現在はそれはないということで復活している。日本ではペルノーが買える。アルコール度数は60〜75度。ストレートで飲んだら確実に喉が焼けただれる。尚かつ、注ぐグラスは決めておかなければならない。洗剤で洗っても匂いが落ちないのだ。私は、結構アニスの香りが好きで、リカルドをよく飲んだ。長距離ドライブをする時には、必ずアニスのタブレットをかじっていた。バイソングラスが入っていて、なぜか桜餅の香りがするズブロッカもいい。これも店にあった様な…。
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 酒にまつわる名言、迷言あれやこれや。
「一人の人間が習慣的に大量の酒を飲むようになるには様々な理由がある。 理由は様々だが、結果は大抵同じだ。」『羊をめぐる冒険村上春樹 
「もし僕らのことばがウィスキーであったなら、もちろん、これほど苦労することもなかったはずだ。僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に送り込む、それだけですんだはずだ。とてもシンプルで、とても親密で、とても正確だ。」村上春樹

「酒は文明に対する一つの諷刺である。」萩原朔太郎
「アルコールは人間にとって最悪の敵かもしれない。しかし聖書には敵を愛せよと書いてある。」フランク・シナトラ
「私は人生を忘れるために酒を飲んだことは一度もありません。逆に人生を加速させるためなのです。」サガン
「天国に酒はない! 生きているうちに呑め!」ベルギービール醸造しているトラピスト修道院
「酒と女と歌を愛さぬものは、生涯愚者である。」ルター
娘「酔うってどういうこと?」父「ここに二つのグラスがあるだろ。これが四つに見えたら酔ったということさ。」
娘「お父さん。グラスはひとつしかないよ。」ロシアのジョーク。

泥酔状態の親父「おい。お前みてぇな、顔が三つも四つある息子にゃ、この家はやれねぇ。ヒック♪」おなじく泥酔状態の息子「てやんでぇ。俺だって、こんなぐるぐる回る家なんざぁ欲しかぁ~ねぇやいっ!」古今亭志ん生
「酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ。」立川談志
「酒に酔って女と車に乗ってよかった試しはない」詠み人知らず
「酔うてこほろぎと寝てゐたよ」種田山頭火

 ワールドカップの試合をビールを飲みながら見ていて、一番いいところで尿意を覚えたので小さかった息子にこう言った。「代わりにトイレに行って来て!」息子「はい!」わが家
ワールドカップの観戦は、開催国に行ったつもりで、その国の酒を飲む。
イタリア大会は、スプマンテグラッパ。アメリカ大会はバドとバーボン。フランス大会はワインとシャンパン。とすると、次回のブラジル大会は、ピンガラム酒)とバチーダ(ピンガのカクテル)になる。
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 酒にまつわる映画はいくつもあるが、ジャズ演奏で聴けるものでは、この二つを挙げたい。
男が女を愛する時(When a Man Loves a Woman)」は、妻のアルコール中毒を激しい葛藤の末に乗り越えて行く映画。出会いの場面でのメグ・ライアンが大胆でセクシー。パーシー・スレッジの主題歌が有名だが、「ピーター・キャット」では、74年発売の水橋 孝カルテットのアルバムが大人気で、リクエストが多かった。海外のジャズメンも多く演奏しているが、この演奏は秀逸。ぜひオリジナルを聴いて欲しい。

酒とバラの日々(Days of Wine and Roses)」は、アルコールに溺れて行くカップルを描いたアメリカ映画。ウェス・モンゴメリーのブルージーなギター演奏で。
「人生は、ジャズと酒とバラの日々」私。美しいバラには、棘がある。何度痛い目に遭ったことか。
お後がよろしいようで・・。
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 今日はここまで。次回は、「ピーター・キャット」ライブ・セッションの熱い夜。