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『国分寺・国立70sグラフィティ』

村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック

村上春樹さんが絶対にかけちゃだめと言ったアルバム

「ピーター・キャット」でかけてはいけないLPというか、演奏家というのがあった。これは純粋に春樹さんの好みであって、たとえ常連さんが、これいいよと 持って来ても、かけられないものはかけられないわけだ。当時の雑誌の取材でも答えているように、キース・ジャレットチック・コリア、ダラー・ブランドは 一枚もなかった。マイルス・デイビスも、ビッチェズ・ブリュー以降のものは、それこそ一枚もなかった。当然フリージャズも一枚もなかった。それが店のカラーになっていたわけで、別に気になるということもなかった。聴きたければ自分の部屋で聴けばいいわけだから。
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 色々なところで書いている様に、春樹さんはスタン・ゲッツが凄く好きだった。あのコルトレーンが彼の演奏を聴いて「もし我々が彼のように吹けるものなら、一人残らず彼のように吹いているだろうな」と言ったという伝説があるほど。いわゆるクール・ジャズを代表する天才肌のテナー奏者。何枚のLPがあった かは覚えていないが、ボサノバのジョアン・ジルベルトアントニオ・カルロス・ジョビンとのアルバム『ゲッツ・ジルベルト』は、リクエストも多かったし、 私も好きな一枚で持っている。「ピーター・キャット」というと、まず思い出すジャズ・プレーヤーだ。そういえば、エリック・ドルフィーとチャーリー・ミン ガスもなかったような気がする。なぜか、ガトー・バルビエリはあったけど。
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RAY BRYANT『SLOW FREIGHT』
STANLEY TURRENTINE AND THE 3 SOUNDS『BLUE HOUR』
KEITH JARRETT『SOMEWHERE BEFORE』
MONICA ZETTERUND/BILL EVANS『Waltz for Debby』
GERRY MULLIGAN『NIGHT LIGHTS』


 思い出のアルバムを何枚か撮影してみた。一番右は、レイ・ブライアントRAY BRYANT『SLOW FREIGHT(普通貨物列車)』。曲は、SIDE-A:1Slow Freight 2.Amen  3.Satin Doll SIDE-B:1If You Go Away 2.Ah The People Tree 3.The Return Of The Prodigal Son 4.The Fox Stalker という構成。実にソウルフルな演奏で、つい体が動いてしまう一枚だが、このアルバムには凄く思い出がある。
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 「ユリイカ」という雑誌をご存知だろうか。Eureka(見つけた)という意味のこの雑誌は、青土社発行の月刊紙で、基本は詩の本なんだろうが、芸術や時にはジャズの評論もしていたので、上京してから好きな特集があると買っていた。書店では、「本の雑誌」、「現代思想」、「諸君」、「噂の真相」(田中康夫ペログリ日記は秀逸だった)等と同じコーナーに置かれていた、ちょっと小難しい本だ。今、手元にあるのは、シュルレアリズム、メルロ・ポンティ、現代音楽、ジャズ、猫の特集号等。75年から77年まで編集長をしていたのが小野好恵さんだった(故人)。彼が常連になったのは、私がバイトを始めた頃だっただろうか。その彼が来店すると、必ずリクエストしたのが、この『SLOW FREIGHT』だった。


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 但し、彼はカウンターが空いていないと帰ってしまうのだった。ひとりで来た時、店の入り口に立ち尽くし、カウンターが一杯なのを見ると、すごく哀しそうな顔をして帰っていったことがあった。悪いけれど、陽子さんと顔を見合わせて笑ったことがある。理由があるのだ。小野さんはたいていスピーカー近くの席に座った。たいてい仲間をひとりかふたり連れて来た。ロバート・ブラウンのロックを頼んでひと口飲むと、後は音楽に合わせて見事なエア・ピアノを始めるのだ。初めて見たときは驚いたが、すぐに慣れた。慣れると同時に、これがジャズの最も正しい聴き方だと思う様になった。他のお客さんも、初めての人は驚いたり笑ったりするが、常連は気にも留めない。カウンターでないとだめなのは、エア・ピアノをするためだった。テーブル席では、向かいの客に迷惑になるし、気も散るのだろう。やはり、エア・ピアノは、カウンターでなければならない。
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 ある時、三人で来てカウンターで三人でエア・ピアノを始めた。絶好調という感じで、どんどんグルーブ(groove)していった。その時カウンターの中には、私とKがいたのだが、余りの盛り上がりに、Kがエア・ドラムを始めた。つられて私はエア・ベースを始めた。エア・カルテットである。常連のお客さんは、クスクス笑っていた。小野さんは、恍惚としてカウンターの見えない鍵盤を叩いているので、私たちがエア・セッションに参加しているのには気づいていな いようだった。結局、その曲が終わるまで幸せなセッションは続いた。
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 小野さんとは、余り話さなかった。まだ学生の分際で芸術論を戦わせるほどの素養もなかった。ただ、ある時聴いているアルバムの話になって、キャットにはないけど、フリージャズが好きでいくつか持っているんですよと言ったら、めったに笑わない彼が微笑んで、いいの聴いてるねみたいなことを言ってくれたこと があった。セシル・テーラー、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、オーネット・コールマン山下洋輔トリオ等。翌75年だったか、イイノホールで行われ た、山下洋輔トリオとマンフレッド・ショーフとのバトルはもの凄かった。坂田明がキレキレだった。少し前の席に殿山泰司さん(故人)がいた記憶がある。
 結局その『SLOW FREIGHT』は、あまりにそればかりリクエストするので、そんなに好きならあげるよと言って、春樹さんが彼にプレゼントした記憶があるのだが・・・。
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 右から二枚目は、「SINCE I FELL FOR YOU 」で終わるピーター・キャットの一日で書いた、店のエンディング・テーマ曲の入ったアルバム。私にとっては、一日の終わりを告げるテーマ曲で、パブロフの犬の様に、この曲を聴くと眠くなる。深夜12時55分の曲である。スタンリー・タレンタインのブルージーなテナー・サックスは、子宮に響くと言った女性が いたとかなんとか・・。
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 右から三枚目は、唯一春樹さんが、「これはかけてもいいよ」といったキース・ジャレット・トリオの『SOMEWHERE BEFORE』。ソロ・コンサートやケルン・コンサートが出るずっと前のアルバムで、割と普通のジャズ。しかし、この頃のキースも私は好きで、以降何枚か買った。このアルバム、実は春樹さんも結構気に入ったらしく、しばらく店に置いておいた記憶がある。A面最初の「MY BACK PAGES」。 ノスタルジックなキースのピアノが切ない。原曲は、ボブ・ディランの隠れた名曲。1992年の30周年記念コンサートで、ニール・ヤング等と共演したビデ オがYoutubeで見られる。そんなわけで、『ケルン・コンサート』は開店中はかけなかったが、家でなく店のオーディオセットで聴いてみたくて、準備中 にかけた記憶がある。大学のキャンパスでは、助手の誰かが好きで、キャンパス中に大音量で流れていたこともあった。透明なピアノの調べが武蔵野の空に散って行ったものだ。

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 四枚目は、ジャケットを見てすぐに分かると思うほどの名盤。「ピーター・キャット」でも、リクエストのない日はないというぐらいの人気アルバムだった。モニカ・セッテルンドビル・エヴァンスの『Waltz for Debby』「You'd Be So Nice To Come Home To 」で超有名な『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』と同じ位の人気だった。金髪のモニカ・セッテルンドのジャケットに惹かれた人も多かった のではないだろうか。LPは、CDなどと違ってジャケットが大きいので、デザインが売れ行きを左右したと思う。所謂ジャケ買いというやつだ。そんなアルバムのひとつだと思う。

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 最後は、ジェリー・マリガンの『NIGHT LIGHTS』から「Prelude In E Minor」。そう原曲はクラシック。フレデリック・ショパンの「Prelude in E minor Op. 28 No. 4 」 をジャズアレンジしたもの。バリトン・サックスの低音が女性には人気だったと思う。これは今、日本のアイドルでは、もっとも実力があるだろうダンス、ボーカルグループとして業界人にも評価の高い℃-ute矢島舞美が、アレンジして踊っている。e-Hello_ 矢島舞美DVD 『a foggy doll』ダイジェスト。このアレンジとダンスも、なかなかいい。


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 ある日の昼間、私とKで店をやったことがあった。その日は、暇な一日だった。退屈しのぎにKが、今日は全てのアルバムを最初の一曲しかかけないというの をやってみない、と持ちかけた。おう、面白いねと乗った。ジャズの曲は、ポップスや歌謡曲のようにたいてい短くはない。なので、結構余裕と思ってやった ら、以外にそうでもなかった。夕方近くになってお客さんが増えて来ると、てんてこ舞いになった。それでも止めなかった馬鹿な二人であった。もちろん、この エピソードは村上夫妻は知らない。いや、話したかな。
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 当時、私はコンセプチュアル・アートについて関心があった。ヨゼフ・ボイスとか高松次郎とか。マルセル・デュシャンは、もっとも好きなアーティストのひとりだった。そんな話を、閉店後に春樹さんと話したことを突然思い出した。後日、陽子さんが、春樹があなたのことを褒めてたわよと言われて照れたことが あった。陽子さんは、風邪なんかひくと、「あなたのこういう生活態度がどうたらこうたら、だから風邪ひくのよ」とか、「彼女はね、あなたを恋人としては見られないのよ。その訳はね、どうたらこうたら」とジャスピンな指摘をするので参ったが、優しくて可愛い人でした。文学少女がそのまま大きくなった感じ。
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 さて、今日はここまで。次回は、メニューやらの話に行く前に、ちょっと店を出て、当時の国分寺の街を歩いてみようと思う。椎名誠の本で有名になった「国分寺書店」とか、ただでは北口に抜けられない厄介な国分寺駅とか。Kと二人で作っていた「うどん愛好会」とか。人気のあったアルバムについては、また後日 エピソードを交えて。