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『国分寺・国立70sグラフィティ』

村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック

国分寺「ピーター・キャット」のインテリアを描いてみた

 国分寺「ピーター・キャット」の店内を描いてみようと思い立ったが、まともな資料がないことに気がついた。写真がない。なぜ撮らなかったかわからない が、ない。営業中はフラッシュをたくわけにいかないというのもある。私は当時、発売されたばかりのオリンパスOM-1を持っていた。撮ろうと思えば撮れたはずだが・・。ちなみに今、これは次男が使っている。店内を掲載した当時の雑誌を探してみたが、75年の『JAZZ』に載ったものぐらいだった。仕方がないので、記憶の中で当時の店内に旅をしてみることにした。
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 目を閉じてアパートを出るところから。味噌ラーメンの「コタン」、定食の「あかぎ」を右に見て、並木の歩道を駅の方へ30m歩くとトミービルの地下入り口が左にある。通路を5mほど入っていくと、突き当たりを左へ折り返す様に階段がある。下りると左側に鉄の扉が見える。開けるとそこが「ピーター・キャッ ト」だ。開店中であれば、階段を下りる辺りでジャズが聞こえるはずだ。階段の壁には、コンサートや演劇のポスターが貼られていた。
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 店に入ってまず目に入ってくるのは、レジから真っすぐに延びたカウンターだ。上には灰色のダクトが通り、工事現場にあるようなワイヤーでカバーされた電球が目に入って来る。天井は取り払われ、梁がむき出しになりパイプが見える。スポットライトがいくつかぶら下がっている。基本は白い壁だが、タバコのヤニと電球でやや飴色に見える。古い小学校の教室のように腰板が囲んでいる。腰板は、山小屋みたいに丸太を割ったものだったかな。というような感じで、思い出しながら描いたのが添付のイラスト。何カ所か怪しい所もあるが、当時を知る人が見たら、そこそこ感じは出ていると言ってくれるような気がする。
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 家具の配置は、ライブの後などで変えたこともあったが、だいたいこんな感じだったと思う。丸いテーブルは、高圧ケーブルを巻く木製ドラムを改造したものだった。長いテーブルもそれに合わせたデザイン。アップライト・ピアノの側の四角な小さいテーブルセットは、カップル用のセットを作って欲しいと陽子さん に頼まれて私が作ったもの。分厚い合板を買って来て、大学の工房でカット。ルーターが使えなかったのでノミでほぞを開けて組み立てた。カップル用にと作っ たのだが、男二人で座る連中もたまにいた。ライブ演奏の時は、図の上を空けて楽器をセットしたものだった。
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 テーブルの花瓶には、いつも陽子さんが花を生けていた。夫妻共に猫が好きだったので、恵比寿の「ねこまや」で買った猫の小物も置いてあったような気がする。夜になるとグラスに水を入れてサラダ油を注ぎ、そこにフローティング・キャンドルを浮かべた。これは、陽子さんがソニー・プラザで買って来たのかな。 その揺れる小さな灯火は、店の雰囲気を優しくしてくれていたと思う。彼女は、そういうセンスが凄い人だった。ベンチにはキルトの薄い布団が敷かれていた。 猫は、私も好きで飼っていたが、哀しい結末になってしまった。いずれ懺悔も込めて書こうかと思う。
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 オーディオは、メーカーは覚えているが、型番までは覚えていないので、75年に出た『JAZZ』の記事を引用させてもらう。プレーヤー:デンオン DP3000、カートリッジ:シュアーV15III、プリメインアンプ:サンスイAU6600、スピーカー:JBL・L88プラス。LPは50年代を中心 に850枚と書かれているが、これはどんどん増えて行った。アルバムの種類については、また別の機会に書こうと思う。ジャズ喫茶としては、とりわけ凄いシステムではないけれど、凄くバランスのいい組み合わせだったと思う。
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 喫茶店につきものの漫画は、山上たつひこの『喜劇新思想大系』全巻・青林堂や、『半田溶助女狩り』があって、お客さんを喜ばせた。もちろん、この年に少年チャンピオンで連載が開始された、こまわり君が主人公の『がきデカ』や、楳図かずおの『まことちゃん』もあった。山上たつひこの漫画は、私が読んで笑い 死にしそうになった最初の本である。
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「ピーター・キャット」の閉ざされた空間というのは、銀河に浮かぶ窓のない宇宙船だった。フラー・ドームで有名なバック・ミンスター・フラーの『宇宙船 「地球」号』という本があった。ヴィクター・パパネックの『生のびるためのデザイン』と共に美大生のバイブルといわれた本だが、「ピーター・キャット」というのは、正にその当時の私たちのマザーシップ。それは母親の子宮のようなものでもあり(子宮に窓はないね)、心を閉ざそうが開こうが、訪れる者を容赦なく包み込む空間だった。

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 下のポスターは、ピーター・キャットの店内に貼ってあったもので、イラストではアップライトピアノの左側にあるのがそれ。貼ってあったのもこの位置で間違いないと思う。このポスターの写真は、同じアルバイト仲間のワニ(春樹さんたちがつけたニックネーム)こと竹ノ内さんに提供していただいた。このポスターを覚えている人は、かなりの常連さんだと思う。

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